2005年07月05日
……。
教会に泥棒が入ったとの報せ。
信仰の寄る辺、神の家、いろいろと呼び名はあるけれども…。
私にとってもどこか拠り所ではあったらしく、
まさに踏みにじられた、汚されたといった心境になる。
とはいっても、ほぼ全ての方達にとっては、
”場所がそこにある”以上、これには何の意味も無かったりもするんだよね…。
(そもそも建物自体すら必要ない、とも言えるし…)
皆は心配ないとは思うけれど…。
願わくば、通っている子供達に、怒りや不安が伝播しないように…。
(信仰というよりもおぼろげな感覚しか持ち得ないものですから…でも、次代は彼らですよ?)
皆は、憤ることの無いように…。
怪我人がなかったことに感謝できるのだろうか…。
(私は、ただ、ひたすらに口惜しく思う。)
…結局、私は昔から、様々な理不尽や不公平に対して、憤り続けてきたみたいだ。
…最早私は、変わりようがないな。
少なくとも私の知っている教会は、決してお金が有るところではなかった。
日々の恵みより、糧と安息の感謝の意をこめて。
決して、重荷にならないよう、また、足取りを崩さぬように。
(聖書には母子と、奢者のくだりがあるけれども、それは別の意味ですね)
つつましい、或いはささやかなといったら、語弊があるけれども。
修繕や、設備の維持にだって、窮することがあったぐらいなのに…。
でも、私は今でも、それが正しい、有るべき姿だと信じています。
(人の幸福を吸い上げる機関ではないという、何よりの証であったと思う…。)
子供らが捧げる一握りの硬貨。それが、賊によって使用されることを考えるだけでも…。
敬虔の瞳が曇らぬよう、私は、……応報を願ってしまう。ダメですね。
それこそが心を貶める感情なのに。
神によってなされるものが祝福。
人によって起こされるのが呪い。…でしたか?
もう、
…やりすぎです。
受け止めるだけの心の余裕がないな…。はやく、つまらない諍いは終わりにしたいもの。
最近、頻繁に、教会の上に住んでいる(引っ越す)夢を見てたけど…関係ないな。これは。
- by nemui
- at 02:00
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